2000.2 

  15歳の春 

==By上野さくら==

2月26日、第4土曜日。この日、柏の街はいつになく、中学生らしき若者たちのグループで賑わいをみせていた。男の子も女の子も思い思いのファッションで身をかため、仲間同士肩寄せあい、晴れ晴れとした表情で楽しそうに歩いていく。そう、この日は県立高校入試後、初めての休日だったのだ。1月中旬に始まった私立高校入試以来、40日以上にわたった試験期間も終わり、不安と緊張から解き放されたのだろう、どの子の笑顔もとびっきり輝いて見えた。そんな柏の街にいて、私はふと、2ヶ月ほど前の「あの日」のことを思い出していた。

年の瀬も押し詰まった12月のある日のこと。私は正月用品の買い出しに立ち寄ったそごうのプラザ館で、偶然、派手なケンカに出くわしてしまった。4階の子供服売場から階下に降りようとエスカレーターに向かったとき、背後からバタバタバタっとものすごい勢い足音が・・・。あっと思う間もなく、私の足もとに2人の男が転がり込んできた。

互いに胸ぐらをつかみ、顔面を紅潮させながら、泣き声ともうなり声いえない罵声を浴びせかけている。床にすりつけられた頬はゆがみ、もつれ合うたびにジャケットやパンツが埃で白く汚れる。ひとりの男がもうひとりの男を押しやり、エスカレーター前の鏡張りの壁に、ガンガンと頭を打ち付けている。

「えっ、ケンカ?どうしよう・・・」。突然のことで、私の頭の中は真っ白。騒ぎに気づいた人たちも、ただ唖然として立ちつくし身動きもできない。「止めなくっちゃ、止めなくっちゃ、でも・・・」。次の瞬間、私の脳裏には過去に起こったこの手の事件がワァっと浮かぶ。「怖い」。自分より身体の大きい男2人を相手に、いったい私に何ができるのだろう。 けれど、ふと見ると、投げ出されたバッグの中に進学塾のテキストが。どうやら、高校入試を控えた中学生らしい。そう思ったとたん、母である私の中に猛然と勇気がわいてきた。「止めなさい!とにかく離れなさい!」。自分でも驚くほどの大きな声。その声に驚いたのか、一瞬2人の動きが止まる。「どうしたの!何があったの!話してごらん!」叫ぶように訪ねる私に、「こいつが、こいつが、バカにした、俺をバカにした!」、「言ってない、言ってねえぞ!おまえのほうこそ・・・」泣きながら訴える少年たち。それでも互いに手を離さない。どうやら塾の帰り道、些細なことからケンカになったらしい。「あなたたち、こんなところでけがでもしたらどうするの!お母さんが泣くわよ、悲しむわよ!」 とっさにでた「お母さん」の言葉にはっとしたのだろうか、二人とも地べたに座り込み、今度は息を殺して泣きはじめた。泣きながら、互いに言葉にならない悔しさを吐き出すようにつぶやいていた。まるで、受験を目の前にして思うようにならない己の情けなさをかみしめるように・・・。

「わかった、わかった。とにかく、きちんと言葉で伝え合いなさい、いいね」。私の言葉に押されるようにして、2人はうつむきながら、並んでエスカレーターを降りていった。その後ろ姿にはもう、先ほどの爆裂した怒りの炎はすっかり消えてなくなっているように見えた。

私はといえば、2人が目の前から消えたとたん、突然立っていられないほどの猛烈な震えに襲われた。歯はガチガチ、心臓はバクバク。その日どこをどう通って家にたどり着いたのか、自分でも分からないほど放心しきってしまったのだった。

あれから、2ヶ月。15歳の春。彼らは今、どんな顔をして今日の日を迎えているのだろうか。長い長いイライラとモヤモヤのトンネルを抜けて、無事目標の駅にたどり着くことができたのだろうか。気がつけば、早春の柏の街を楽しそうに語らいながら行く中学生たちの中に、あの日の2人を探していたのだった。