桜もいいけど 美術館もステキ! 柏市立 砂川美術工藝館 訪問記 (記)庭野すみれ 柏市立砂川美術工芸館は平成19年6月29日をもって閉館いたしました
桜の開花が早まって、日本中が大騒ぎだ。人間たちのあわてぶりに、桜はしのび笑いを もらしているかもしれない、な〜んて思うのは私だけかな?みんながサクラ、サクラと なびくなか、美しい「型絵染」を観て至福の時間を過ごしてきた。 美術館はただ作品を観るだけでなく、静かに自分と向き合う場でもある。そしてそこに は多くの人間ドラマが隠されていて、これがまたおもしろいのだ。型絵染の人間国宝・芹 沢_介の作品を展示している砂川美術工藝館は、国道16号線をはさんで柏市役所の筋向 かいに位置している。長屋門風のどっしりした門を入ると、玄関脇で一対のシーサーが出 迎えてくれる。
一歩館内にはいると、そこは嘘のように静かな芹沢ワールド。ライトに照らされた正面 の作品が、鮮やかに目に飛び込んでくる。「文字入り四季文」と題され、春 夏 秋、冬 、それぞれの文字を図案化してその周りに鳥や草花を散らした作品である。芹沢芸術の特 徴は、なんといっても文字と自然の風物を調和させたユニークさである。 入口近くに「型絵染」の工程が説明されている。図案から型紙作成、染色にいたる10 もの工程を経て、美しい作品が仕上がる。芹沢の頭のなかは常に作品のことがあったのだ ろうか、クレヨンで描かれたようなアイデア帳が数点あって興味深い。部屋の中央に磨き 込まれた階段があって、二階の展示場へとつながっている。
二階には紬(つむぎ)、ちりめんの着物、帯地、のれん、屏風、などを展示。なかでも 「布文字春夏秋冬」と題された屏風は、まさに細い布を折りながら文字を描いたようなお もしろい作品である。よく見ると、春はフジやサクラ、夏はツバメやアヤメ、といった具 合に季節の風物が描かれている。色調は沖縄の紅型(びんがた)風である。 芹沢_介は、明治28年、静岡に生まれる。32歳のとき、民芸運動の生みの親・柳宗 悦の書いた論文「工藝の道」に深い感銘をうけたことが人生の転機となった。そのご昭和 6年に創刊された雑誌『工藝』の表紙を担当したり、柳とともに民芸収集の旅に出たり、 民芸運動に力をそそぎ、昭和31年には「型絵染」で人間国宝に認定されている。運動の なかで出会った沖縄の染め織物・紅型(びんがた)の影響が、作品にも色濃くでている。 「名もなき民衆の手工芸品にこそ、学ぶべきものがたくさんある」という発想から民芸 運動に身を投じた柳宗悦は、大正3年から10年まで、その頃は美しかった手賀沼のほと りに住んでいた。叔父で講道館の父といわれる嘉納治五郎を頼って、来たのであった。 やがてその柳は、親友の作家・志賀直哉を呼び寄せ、続いて武者小路実篤や陶芸家のバ ーナード・リーチもやってきて、手賀沼のほとりは一時期「白樺派」の村といった感じだ った。リーチの窯は柳邸の庭に設けられ、その跡が今も残っている。大正8年、リーチを 訪ねてきた陶工・浜田庄司と柳はすっかり意気投合、民芸運動へとはずみがついた。 では、これほどまでに芹沢作品に惚れ込んだ砂川七郎氏とはどういう人だろうか。生ま れは旧田中村(いまの柏市大青田)である。七番目の子だから七郎。曾祖父は神官、祖父 は流山市駒木にあった私学・鏑木学校を創った立派な人である。父はその鏑木家から砂川 家に養子として迎えられた人だという。 長男ではなかった七郎氏は、希望した師範への夢を捨て、遠く名古屋で学生時代を過ご すことになる。そこで運命的に出会ったのが、柳宗悦主宰の雑誌『工藝』であった。それ は芹沢_介や、棟方志功らが装幀した三冊の美しい本だった。それ以来、芹沢作品の収集 に心血をそそぐことになった。 戦前の収集品は戦火で失ったが、昭和30年代の経済成長期に経営コンサルタントとして精 力的に活躍するかたわら、日本中をかけまわって収集を続けた。今風にいえば、追っかけ である。そのコレクターぶりは海外にも名が及び、イギリス王室博物館に貸し出したり、 パリのグラン・バレ美術館での芹沢_介展に出品したりしている。 昭和56年、柏の私邸内に「砂川美術工藝館」をオープン。平成7年4月、体調不良か ら閉館に追い込まれたが、コレクションを散逸させないため、さらに柏市の文化振興のた めにと、5月にコレクションを市に寄贈。その翌日亡くなられた。 館内に用意された「感想帳」は6冊にもなり、遠く県外からの入館者も多い。デザイン を勉強している人や、根強い芹沢ファンが訪れていることがわかる。多くの人が「感動し た、また来たい」と記している。 5月19日まで「四季の彩り」と題し、100点あまりの作品が展示されている。年に 3回の展示替えを行うそうで、約600点のコレクションを観るには、何回か足を運ばね ばならないが、それだけ楽しみも多いということ。身近にある貴重な芸術品を観ないのは もったいない。みなさまもぜひどうぞ。 |