2003.10.15
野馬土手は泣いている・・・などというタイトルを見れば無関心ではいられないのが
人情というもの。そのせいもあってか、9月28日に行われた柏スタジオ・ウーでの
青木更吉さんの講演会は、大入り満員だった。 九州育ちの私は、数年まえ「 野馬土手 」という言葉を初めて耳にしたとき、「馬 をつなぐための土手かしら?」なんて思ったくらいで、徳川幕府の放牧場の囲いの跡 とは、知らなかった。まだまだその存在すら知らない人も多いような気がする。 | |
野馬土手の保存を訴える青木更吉さん | |
柏市あかね町の土手と碑(99/12/24)
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教職を定年で退いて、NHK文化センターで歴史散歩の講師を勤める青木さんは
あちこちで無惨な姿になっている野馬土手を見て、今のうちになんとか記録しておか
ねばと、地図を片手に自転車で追跡を開始したのだという。 この野馬土手が泣いている・・と最初に訴えたのは、元県議会議員の舘野晃さんだそ うだが、この日の講演は、元朝日新聞のカメラマン大北寛さんの協力で、臨場感あふ れる映像を見ながら、土手の現状をたっぷり聴いた。 野馬土手とは、徳川幕府が経営する放牧場の周囲に巡らされた土手のことで、馬が近 くの村に入ったり、農作物を荒らしたりしないように築かれたもので、野馬除土手 (のまよけどて)とも呼ばれる。 |
柏市十余二小西の土手は崩されていた(2000/3/8)
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そのほか、年に一度の野馬捕りの際に追い込む大込(おおごめ)と、捕込(とっこ
め)にもそれぞれ周囲に土手が築かれていた。 これらの土手は、農民が汗水ながし
ながら、手弁当でき築いたもので、大込と捕込を築くときは、幕府の御普請(ごふし
ん)ということで、日に米1升足らずの手当てが支給されたという。 東葛地域の牧(まき)は、小金牧といい、高田台牧、上野(かみの)牧、中野牧、下 野牧、印西牧の、5牧からなり、柏、流山,松戸、沼南、鎌ヶ谷、千葉、八千代、印 西を含む11市1町にわたる広大な地域にまたがっている。 土手の構造には、1重、2重、3重、4重があり、土手と土手の間は堀になってお り、この堀を掘った土を盛って土手を作ったというわけである。ちなみに2重土手の 場合、牧側に小土手、村側に大土手という構造である。 |
今、崩されている流山の土手(98/11/14)
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喉が渇いたりして外に出たくなった馬は、まず小土手に脚をかけ、次に深い堀をのぞ
き込み、その先の大土手を見あげて、「こりゃムリだ」と、あきらめることになった
であろうと推測される。 明治になって牧は開墾され、豊四季村となった。いっぽう150キロメートルほども あった土手は払い下げられ、風化とともに開発や相続税の犠牲となって消滅の一途を たどっている。青木さんの目にも泣いているとしか思えなかった。 残っている土手も、ゴミ捨て場になっていたり、道路で寸断されていたり、また大き な根っこに守られていたりと、さまざま。散歩道として踏み固められているところも あり、「家族で土手の歴史を語り合いながら歩いてもらえば、保護にもいい」と、青 木さん。 |
静寂なこんぶくろ池 柏市正連(2000/9/27)
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「もし、壊されそうになったらブルトーザーの前に立ちはだかる」とまで青木さんに
言わせるのが、南柏の野馬土手である。流山市との境界にあって行政が住民の要求に
応えて緑地保全地区に指定した幸運な例である。 当時の水戸街道は南柏の新木戸から、柏神社そばの柏木戸までの2キロあまりが牧の なかを通っていて、人が出入りする時だけ木戸が開けられたという。柏レイソルの サッカー場入り口には[小金原野馬除土手跡」の碑が建っており、100メートル近 くの土手が現存している。 「母馬が番して呑ます清水かな」と、一茶が詠んだように、小金牧のなかには、あち こちに水のみ場があった。その一つが柏のこんぶくろ池で、ここでは野馬が泥に脚を とられて死んだとの記録も残っている。 |
南柏、松ヶ丘の土手(左から大土手、堀、小土手)2000/8/15
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松戸市福昌寺に残る絵図に描かれた野馬捕りの様子は、まるでお祭りのようで、土手
の上にたくさんの見物人が描かれている。勢子(せこ)によって追い込まれる馬の群
れは勇壮そのもので、見物人を沸かせたに違いない。 「地図を手にぜひ近くの野馬土手めぐりをしてほしい。周辺の木が伐られ出したらS OSです。そんなときは野馬土手110番に通報を」と、ユーモアを交えながら保存 の大切さを熱く語る青木さんであった。 もし青木さんの地道な調査報告がなかったら、野馬土手が広く知れれる機会もなかっ たかも知れない。思えば徳川さまの馬のために大きな負担を強いられたのが農民たち である。大北さんも述べられたが、土手は百姓たちが難渋しながら築いた芸術作品で あり、江戸時代の貴重な歴史遺産である。 |
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なお、野馬土手のことは青木更吉さんの次の著書に詳しい。 『小金牧 野馬土手は泣いている』 『佐倉牧 続野馬土手は泣いている』 『小金牧を歩く』 以上いずれも崙書房出版 (04−7158−0035) |